嗚呼、無情
「どういう事だ」
仁王立ちの幸人が不機嫌そうに言った。
「凌ちゃん!」
同じような恰好をした舞が言った。
「・・・ごめんっ」
体を小さくして凌駕は平謝りに謝る。
「ごめんで済むか」
「・・・酷いよ凌ちゃん」
呆れたとばかりに幸人はそっぽを向き、舞は悲しそうな顔をしてみせた。
「・・・面目ない」
事の起こりは今朝の朝食後。
「凌駕さん、今日の買い出し当番よね。ちょっと遠いんだけどお米取りに行って貰って良い?」
洗い物に泡を付けながららんるが言った。
「あーハイハイ。えっと何時ものおじさんの所で良いんだよね」
「ううん。今日はおじさんの所じゃなくって、お米の倉庫まで来てくださいって」
「りょうかーい。えっと何時頃行けばいいのかなァ」
凌駕は壁に掛かっている時計を眺めた。
「早いウチに行って来ようかなぁ」
「えー」「何!?」
突然上がったのは二つの声。
声を発した者も驚いたようで二人は顔を見合わせてしばし固まった。
幸人の視線に促されて舞が先に凌駕を向いた。
「舞とのお約束は?」
「約束?」
「今日はデパートにイグレック見に行こうって言ったもん。それからご飯食べてお洋服とお帽子買ってくれるって」
「あれ、そうだっけ?」
「こないだ、公園で約束したよ。指切りもしたもん」
公園、と呟いて考えを巡らせた凌駕を余所に、舞は残りのご飯を掻き込んだ。
嚥下しきって、ぎろりと凌駕を睨む。
「・・・・そう、だったっけ?」
「うん!」
ぶっきらぼうな肯定に凌駕は頭を掻いた。
「じゃあ・・・お米取りに行くのはその後だね」
「待て」
もう一人の反論の持ち主であろう幸人が口を挟んだ。
「お前、俺とも約束してたよな」
「へっ?」
「へ、だと?・・・まさか忘れたとは言うまいな」
冷淡そのものの幸人の声に、凌駕は冷や汗を流す他無い。
冷ややかに流し目を一つして、幸人は食器を乗せたお盆を持って調理場に消えた。
慌てて凌駕は考えを巡らすも、その答えは一向に見つからず。
「御馳走様でした」
丁寧に手を合わせて、舞は席を立った。
「・・・舞ちゃん・・・」
「知らない」
ぷい、とそっぽを向いた彼女も座敷を後にした。
残されたのは冷や汗まみれの凌駕一人。
「お米、今日の分しか無いから」
追い打ちをかけてきたらんるの言葉に、凌駕の額がちゃぶ台と鈍い音を立てた。
「あのー、三条さん・・・」
控えめにノックされたドアが開く前に小さな影が凌駕の目の端を横切った。
「あ、舞ちゃん、待って」
「何の用だ」
舞に気を取られてドアにぶつかりそうになり思わず凌駕がよろめく。
洗面所の前でふて腐れた顔を見せる舞と、ドアから申し訳程度に顔を覗かせた幸人と。
今日は厄日だ・・・。
二つの顔を見比べて凌駕は深い溜息をついた。
「二人に話が・・・」
訝しげな視線が凌駕に突き刺さる。
「・・・舞、お前も来い」
「うん」
凌駕に一瞥をくれることもなく、舞はドアの隙間から滑り込んだ。
閉められそうになったドアを慌ててこじ開けて、凌駕は舞に続いた。
そして、冒頭に戻る。
「・・・覚えてないだと」
文句なしに周りの空気を凍らせそうな幸人の声色。
「ハイ・・・」
床に正座してありのまま、つまり二人との約束を全く持って覚えていなかったという事実、を語った凌駕は、「針千本を飲む」に類似した気分を嫌と言うほど味わっていた。
「イグレック・・・」
「ごめん、舞ちゃん」
「まさか忘れてるとは思わなかったな」
「・・・すみません」
ますます凌駕の体が縮こまる。
「で?」
「で??」
鸚鵡返しに聞いた凌駕に幸人の語調が更に冷たくなった。
「どっちにするんだ」
「どっちって?」
「俺と舞と。どっちの約束を守るんだ」
腕を組んで凌駕を見下ろす幸人。
その隣で、椅子の上に立った舞が同じように凌駕を見ている情景など端から見たら笑いの種にしかならないのだが、このピンチに凌駕の頭がそんな事を考えられよう筈もない。
「舞だよね。凌ちゃん。指切りしたし」
「俺は上得意の仕事をキャンセルしたんだがな」
その言葉からやっと見つけだした記憶の断片を慌ててつなぎ合わせる。
「あ、椅子!」
「・・・・今頃思い出したのか、お前」
幸人との約束。
それは介さん用の座り心地が良く、腰への負担を軽減する椅子を買いに行くという事だった。
幸人の見立てなら間違いはない。
「幸人さんはいつでも凌ちゃんとお出かけ出来るでしょ。今日は舞お休みの日なんだからっ」
「俺の約束は凌駕からされたんだ。それも強引にな」
強引、と強調した幸人を恐る恐るのぞき見ながら頭の中に朧気ながら見えてきたその状況を咀嚼する。
とはいえ。
理解しきったところで、凌駕の立場が良くなるはずもなく。
むしろ思い出した事で凌駕は更に頭を抱えることと成った。
「舞の方が先だよ!」
「凌駕には俺との約束を守る義務がある」
いつもより椅子分視線の高くなった舞は噛みつかんばかりに幸人に食ってかかり、対する幸人は「子供風情が何を言う」と態度で応じていた。
「・・・イグレック見にいくんだもん!」
「知るか」
「・・・・凌ちゃんは舞のだもん・・・舞とお出かけするんだもん!」
「・・・凌駕が俺のモノだとは口が裂けても言わんぞ」
一瞬目の光った凌駕を幸人は一睨みで牽制した。
「大体イグレックごときのショー・・・」
「イグレック見るの〜〜!!!!」
顔を真っ赤にして叫んだ舞を見て、凌駕がアスカばりにおろおろし始めた。
「五月蠅い、そんなに怒鳴らなくても聞こえる」
「幸人さんの意地悪!」
「意地悪で結構」
「・・・ねぇ、二人とも止めな・・・」
「凌ちゃんは黙ってて」
「凌駕は黙ってろ」
二人からぴしゃりと言われれば黙るしかない。
「・・・・イグレック見にいくんだもん・・・」
突然微かに震えた舞の言葉。
「・・・舞」
「舞ちゃん・・・」
思わず手を伸ばして引き寄せようとした凌駕の腕を、幸人は叩き落とした。
「泣くな舞。こんなヤツの事で泣いてやる必要なんかない」
「え?」「え・・・・」
親子が二人してきょとんと幸人を見た。
しっかりと腕を組んで、幸人は続ける。
「どうして俺たちがこんなヤツの事で言い争わなくちゃいけないんだ。元々は、此奴が俺たちとの約束を覚えて無かったのが悪い」
「・・げ・・・・」
思わぬ展開に唸った凌駕。
良いことを思いついたとばかりに、幸人の口元はにやりと歪んだ。
「・・・舞、こんなヤツ放って置いて俺と出かけるぞ」
「え、幸人さんとお出かけ?」
沈んでいた舞の顔が目に見えて明るくなった。
「そうだ。嫌なら良いが」
「はいはーい、舞行きたいっ!」
「じゃあ決まりだな」
ほら、と幸人が伸ばした手をとって、舞は椅子から飛び降りた。
そのままぴょんぴょん飛び跳ねる彼女を凌駕が情けない顔で見つめる。
「そ、そんなぁ・・・」
「自業自得だ」
「悪いのは凌ちゃん!」
なんなんだ、このチームワークの良さは・・・。
「何着て行こうかなぁ」
「イグレック、どこでやってるんだ」
「んーとね」
凌駕の事など完全に無視を決め込んで、二人は仲良く予定を立てる。
「ねー、ごめんってぇ・・・」
完全に背を向けられて凌駕が半泣き声で謝る。
・・・無視。
「・・・・怖・・・」
軽く凹むよ・・・。
凌駕は腹のなかで涙した。
「ねぇー、舞ちゃぁん、三条さぁん〜〜」
ちらりと肩越しに凌駕を伺った幸人が、舞を促した。
そして。
「舞」
「うん」
「へっ!?」
「「せぇの」」
あっかんべー。
「さ、行くか」
「はーい。舞お着替えしてくる」
「ああ。早くな」
「はーい」
呆けた顔で固まった凌駕の横を舞が走り抜けていった。
「入口で凍るな。馬鹿者。邪魔だ」
げしっ。
「あうー」
・・・ぱたむ。
背後での扉の音が、凌駕の渇いた心に鋭く染み渡った。
「・・・世知辛ェ・・・」
そう呟いて、凌駕は首をがくんと落とした。
<続きを書かさせていただきました。
イメージを壊したくない方はみないほうがいいでしょう。
むしろ見ないほうが、幸せです(汗)
見てくださる方はプラウザで戻って、そこからはいってください>
<コメント>
も・・・最高!!!
可愛すぎます、死にます。
どうしよう、こんな素晴らしいの、もらっていいんだろうか???
べーって!!!!!(悶)
この世に悶え死にというものがあるのなら私は今間違いなくそうなってるでしょう・・・。
本当にありがとうございました!!!
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