朝の光景






 午前四時。杉下の朝が始まる。



 気ままな一人暮らし。長年の生活パターンは、若者が
同居したところで、簡単に変わることもないし、変えようも
ない。就寝は午後十時。これが、健康と長寿とボケ防止の
秘訣とも言えるだろう。



 さて。いつものように、まだ日も昇らぬ暗い中、起き出して
厨房に向かう。
 と。何やらゴソゴソ音がする。
 はて。
 ゴキブリやねずみにしては、いやに大きな音がしている。
 キッチンの明かりが点いている。見ると、一人、冷蔵庫から
ペットボトルの水を取り出し、飲み干している、姿。



「おや。凌駕君」
「……あれぇ、介さん」
 どこか、いつも以上に間延びした声で応じた彼は、杉下を
見て笑う。欠伸をひとつ。うーん、と大きく伸ばす腕。
「今朝は、また、随分と早いお目覚めで」
「な〜んか、喉が乾いちゃって、目が覚めちゃいました〜」
 頭をかきながら、照れたように浮かべる、いつもの笑顔。
無邪気な子供、――彼が引き取って育てている小さな女の子を
思い起こさせるような、そんな表情に、こちらの目も細くなる。
「この時間なら、まだ、もうひと眠り出来ますよ」
「そうですか〜? ……それじゃ〜、遠慮なく〜」
 おやすみなさ〜い、と小さく頭を下げ、階段を上っていく
後姿を見送る。



「さて。……はじめますか」
 そうして、いつもの朝を取り戻した杉下は、まず湯を沸かそうと、
ヤカンとナベを出す。



 蛇口をひねろうとして、今度は水音に気付く。
 奥――風呂場の方からだ。
 はて。
 昨日の最後の誰かが、きちんと締めなかったのか。
 困ったものだ、と呟きながら向かうと、音は激しくなる一方。
どうやら、単なるシャワーの止め忘れ等ではなさそうだ。



 風呂場の明かりが、点いている。
「ちょいと、失礼しますよ……」
 声を掛けながら、脱衣所の扉を開ける。
 真正面、丁度風呂から上がってきた人物と、鉢合わせになる。
「こりゃ失敬」
 慌てて扉を閉める。



「……すまない。起こしてしまったか」
 と、気まずそうな声。
 その声の主が、日頃、肩凝り腰痛解消のため世話になっている
幸人だと気付くと、杉下は、手をドアの向こう側へ出し、ひらひらと
振って見せる。心配無用。そう言う代わりに。
「いやいや。私は、いつもこの時間には、起きていますから」
 答えれば、ほっと安堵の息をつくのがわかる。
 横柄で尊大で。初めの頃はそんな風に思われがちだった彼の
態度。実は、他人との生活に慣れていなかったせいだ、と解って
から、彼なりの気遣いが、なんとも微笑ましい。
「ところで。……昨夜は入りそこねましたか?」



 挨拶代わりの問いに、何故か、幸人は口籠もる。
「……汗を、かいたから……」
 はて。昨夜はそんなに暑かったか? と、扉を隔てたこちら側で
首を傾げる。
 そんな杉下の仕草を知ってか知らずか、低い声で、ぽつり、一言。
「……悪夢を、見た」
 他の誰よりプライドの高い彼が、こうして弱気な発言をするとは。
「疲れているんでしょう。……もうひと眠り出来ますよ」
「すまない……」
 多分。彼はこういうとき、ひどく戸惑ったような、困ったような、
ぎこちない笑顔を見せる。厚意を受け、どう返したらいいかわからない、
そんな正直な気持ちそのままに。
「いいんですよ。寝る子は育つといいますからね。はっはっは……」
 明るい笑い声で応じて、おそらくは恐縮して小さく頭を下げている
であろう幸人の姿に、頷き、扉を閉めた。



「さて。今朝は何にしましょうか……」
 誰に言うわけでもなく、言葉を口にしながら、杉下は厨房に向かう。
 腹を空かせて飛び起きてくる、彼にとっては子供とも孫とも例えられ
そうな若者達の顔を、一人一人、思いながら。





 
「おはようございます」
 日の出と共に起床するのは、きっと、故郷での生活もそうであった
ろうと思わせる、礼儀正しい竜人、アスカ。



「おはよう」
 ぱたぱたと軽い足音は、素直に早寝早起き、まだまだ育ち盛りの舞。



「おっはよーございまーす」
 明るい笑顔のらんるは、いつも以上に爽やかな目覚めを迎えられた
様子。機嫌は上々。



「介さん、今朝は、アジノヒラキ、ですね」
「そうですね。やはり、朝は、これが一番ですよ」
「まいも、だすの、てつだう」
「熱いから、気をつけて」
「お腹空いたー。……もー、食べちゃおう」
「そうですね。では――」
 朝食の席に着く人数は、いつもより少ない4人。
 手を合わせて、声を揃えて。



「いただきまーす」「いただきます」



「おっはよ〜っ」
 箸をつけはじめた途端、ドアから飛び込んで来たのは、通いの
笑里。
「わ〜い、イイ香り〜」
「きょうはね、わかめとおとうふだよ」
 靴を脱ぐのももどかしく、座敷に上がりこむ彼女に、舞がお椀の中を
見せる。特製糠付けキュウリを頬張りながら、らんるが訊ねる。
「エミポン、朝ごはんは?」
「もっちろんっ、介さんの朝ごはんを、おいし〜く頂くため、抜いて
きましたぁ〜っ!」
 えっへんと胸を張る笑里に、杉下は豪快に笑う。
「こりゃまた。期待にお答えできるよう、ますます精進しなければ」
「んじゃ〜、明日は是非っ、玉子焼きが食べたいで〜すっ!」
「あっ、わたしも、賛成っ!」
「あまいのがいい〜」
「介さんのタマゴヤキは、絶品ですからね」
 早速味噌汁に口をつけたかと思うと、ちゃっかり、リクエストまで
する笑里。同意して、勢いよく手を上げるらんる。味噌汁のおかわりを
しながら、追加意見の舞。ぎこちない箸使いのアスカ。
 賑やかな席に、自然と杉下の顔も緩みっぱなしになる。元々、仕事柄
食事の支度は苦にならないが、こうして、喜ぶ顔が増えれば、料理の
し甲斐があるというものだ。



「おはよーございまーすっ」
 うわー、寝坊した、などと呟きながら階段を駆け下りて来たのは、凌駕。
朝食の席に揃っていたメンバーの顔を見回しながら、失敗したなぁと
言いたげに頭を掻いている。
「りょうちゃん、おそいよ」
「ごめん、舞ちゃんっ」
 どちらが親だか。よそったご飯を、渋い顔で手渡す舞に、深く頭を下げる
凌駕。そんな二人の姿に、皆が笑う。



「じゃあ、あとは幸人さんだけねー」
 しょうがないわねー、と彼には何故か手厳しいらんるが呟くと、
「わたし、いってくる」
 しっかり食べ終えた舞が、ごちそうさまぁ、と一礼してから、駆け出す。
「んじゃー、私もー」
「カリスマの寝顔だって〜。貴重かも〜」
 叩き起こしてやろうっと、等とらんるが、カメラつき携帯電話を片手に
笑里が、後を追う。
 部屋を出たところで、ふと立ち止まった笑里が、振り返る。
「後で、凌駕さんにもあげますよ〜、幸人さんの寝顔、ばっちり、撮って
きますからね〜」
「あー……うん」
 曖昧な返事。視線を泳がせ、彼女の呼びかけに応じるため、上げた
片手を握ったり開いたり。
 普段なら、幸人絡みは、写真にしろ何にしろ、大騒ぎして欲しがるのに。
なんか変なの、と首を傾げ、それでも、笑里は再び駆け出して行く。



「凌駕さんは、行かれないんですか?」
これもまた不思議そうに、アスカが訊ねる。
「……んー……」
 味噌汁を啜りながら、呟く。



「今、俺が行ったら、殴られそうだし」



「は?」
聞き返す声には、にっこり、笑顔で答える。
「いーんですよ。起き抜けの顔ぐらい、いつも見てますから」
「は? え?」
「あ。アスカさん、だめですよー。あじのひらきはね、この、骨の近くが
美味しいんですからー」
 目を丸くするアスカの皿に手を伸ばし、凌駕は、とってあげますよ〜、
と、親切顔で、焼き魚の身を解す。
 遅れてきた彼と、起こされてくるであろうもう一人のための味噌汁を
持ってきた杉下が言う。
「悪い夢を見たようですよ。体調も悪そうでした。……心配です」



「すいません」



 何故か苦笑しながら頭を下げる凌駕に、杉下とアスカは顔を見合わせ、
互いに、はて? と首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

<コメント>

 『早咲花実』管理人の麓 伊織様からいただきました!

本当にありがとうございます〜!!!

大人な雰囲気が最高ですよね!

なんか凌駕さんが・・・かっこいい〜!!!

幸人さんは可愛いし・・・

もうどうしましょう・・・!

最高に嬉しいです!

心より、感謝します。

ありがとうございました〜!!!

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