1時限目    転校生「どんぐり」・・・?       

 

 

 

突然だが僕は今・・・驚いている。

何故かと言うとこの僕の目の前に建っている巨大な学校のせいだ。グラウンドの人々がやけに小さく見える。僕のすぐ横に立っているこの木でさえもどでかい校舎に比べたらまるで人間とアリのようだ。噂には聞いていたがまさかこれほどまでとは・・・。僕は転校初日にして先が思いやられていた。

 

僕の名前は坂下冬馬。17歳の高校二年生だ。訳あってここ、私立蜜柑高等学校に編入して、今日が初めての登校日なのだが前述の通り門に入る前から立ちすくんでしまったという訳だ。

私立蜜柑高等学校は全国的に有名なお金持ちが集う学校で、その学校の規模は日本一と言っても過言ではないだろう。僕の父もある有名な会社のオーナーで何とか僕の為にお金を工面してくれたのだった。しかしその父の有名な会社なんて足元にも及ばない程この学校を建てた創立者は凄い人物だった。今や日本中で知らない人がいるのだろうか?その人物の名は「夏越 大」。夏越財閥は奇抜な発想と思い切った行動力でその手を多方面に伸ばしていた。外国語もペラペラの彼はどの国でも仕事を成功させ、海外事情でも欠かせない人物にのし上がっている。テレビでもその「夏越」の字はよく見かけるし、実際に「夏越 大」その人を見かけることもしばしばだった。スタジオに彼の姿が現れると、テレビの中では黄色い叫びが響き、テレビの外でも女性たち(中には男性もいるかもしれないが)の切ないため息が漏れる。そう、「夏越 大」はそんじょそこらの芸能人にも負けない程の美青年なのだ。天は二物を与えない、ということわざがいよいよ怪しくなってくる。・・・その夏越が建てたのだ。すごくないはずがなかった。あれ?そう言えば彼の一人息子ってこの高校にいるんだったような・・・。

ハッとして気がつくとごちゃごちゃと考え込んでいる間にかなりの時間が過ぎてしまったようで門のまん前に小30分は立っていたらしく、僕は焦って淡いオレンジ色の門をくぐり抜けた。と、その時・・・。

ぶよ〜ん、と何かにぶつかって僕は体ごと門の外に追い出されてしまった。何事だ?!と突然出た壁に目をやるとその柔らかな壁の正体は腹のぼっこり出でいる、お相撲さんみたいな体型の大男だった。

「よお、お兄ちゃん・・・見ない顔だなあ、・・・転校生か?」

その男は舐めるような気持ちの悪い声で言った。よく見ると僕の周りには見るからに柄の悪そうな男達が10人程群がっていた。僕は少しおじけづきながらも、何とか言葉を絞り出した。

「あの〜・・・僕が何か・・・?」

すると男は少しすごんで言った。

「あのな兄ちゃん・・・この門を通るときは一人2万円俺様に払わなきゃならないんだ」

「そんなっ・・・!」

「なんだぁ?払えないとでもいうのかよ?」

男はかなりの凶悪な顔でみるみるこっちに近づいてきた。これじゃあ前の学校と一緒じゃないか・・・。かと言ってこの場を穏便に済ませられるはずもなく・・・僕は一体どうすればいいのだ・・・!僕があれこれと途方にくれている間にも男たちは距離を詰めてきていて、とうとう僕は前にも後ろにも進めない状態になってしまった。胸倉をつかまれて絶体絶命の大ピンチだ・・・その瞬間・・・!

ばきっと変な音がして胸倉をつかんでいた男はあっさりと10メートル程先に飛ばされていた。男を飛ばしたものの正体は長くて細い脚。その足の持ち主は華麗に着地すると口にパンを咥え、尚且つ両手いっぱいに弁当やらお菓子やらを抱えながら自分が今しがた吹き飛ばした男に向き直って言った。

「ま〜た弱いものいじめしてんのかぁ?ブタヤマ」

「ゲッ!泉 文瀬!!!」

「なんだぁ?相手してやってもいいんだぜ?」

その泉と呼ばれた人物がニヤリと微笑むと男達はチッ、と舌打ちをするとそそくさとその場を後にした。

「おい、・・・大丈夫か?」

いつまでもボケ〜っとしてる僕に心配してその人は声をかけてくれた。しかし僕はそれどころではなかった。その泉という人物に見とれていたからだ。サラサラで細く色素の薄い茶髪を肩下10センチ程たらし、これまた色素の薄い肌は透き通るように真っ白だ。その顔にはめ込まれたまるい目は太陽の光を浴びてキラキラと茶色に光っている。鼻は小さく、ピンクの唇も小さかった。これでちゃんと息が吸えるのだろうかと余計な心配をしてしまう。だらしなくYシャツの襟を三番目位まで開けているので少し目のやり場に困った。僕はこれほどまでに綺麗な人をこの瞬間まで実際に見たことがなかった。

「どうした〜?顔が赤いぞ?」

意識を半ば放棄していた僕の顔をイキナリその人が覗き込んだので僕はかなりビックリして飛び上がってしまった。

「おいおい・・・どうしたんだよ?ん?見たことない顔だなあ・・・あ、転校生か・・・うん・・・よし、付いて来い」

一人で何やら納得したようで、突然校舎に向かって歩き出した。僕もやっと我に返って遅れてはいけないと足早にその後を付いていった。

蜜柑高校は4つの校舎からなっていて、門から見て真正面の校舎が中校舎、向かって右が東校舎、左が西校舎、中校舎の後ろに見えるのが南校舎だと泉・・さんが教えてくれた。広すぎるグラウンドや野球場、テニスコートや、門から中校舎まで一直線に伸びている赤くてふわふわのじゅうたんなどにも興味を引かれたが僕の興味の中心はやっぱり泉さんのことだった。

口は少し悪いけど親切で、僕のペースに合わせて歩いてくれているようだ。いちいち立ち止まってここは売店だとか美術室だとか丁寧に教えてくれた。けれど僕は泉さんのそれしか身につけてないシャツや黒のズボンのうえからでもわかる細い手足や背中を見ていたし、その少し低めだけど弾むような明るい声にずっと聞き惚れていた。この人男なのかな?女かな?何年生かな?同じクラスだといいな〜とかばかりを考えているとふいに声をかけられた。

「お前なんねんせー?何年でもいいけど仲良くしような!俺のことは文ってよんでよ。お前は?」

ドギマギしながら「坂下 冬馬です」と小さく答えると、泉・・・文さんは少し考え込んでじゃあ、お前のあだ名は<ドングリ>な!と嬉しそうに言った。ど、ドングリぃ?!と僕は困惑したが文さんはそれにかまわず、どんぐりころころぉ〜♪と楽しそうに(可愛く)歌いながらじゅうたんのひいてある階段を上っていってしまった。僕も駆け足で付いていったが、最上階である5階に着いた途端びっくりした。確かにどの階もすごかったがこの階だけは他とは違っていた。まずじゅうたんの色が赤ではなくオレンジだった。それはつやつやと光っていてまるで光の道のようだ。シャンデリアには赤や青の宝石のようなものがちりばめられていて、光を放ちながらくるくる回っている。壁には美しい天使が描かれている。この階に何があるんだと不思議に思いながら進んでいくと、ある地点から壁づたいに1メートル間隔で全身黒服の黒いサングラスをかけた男達が立っていた。文さんは何食わぬ顔してまだどんぐりころころを歌いつつ歩いてゆく。僕もおどおどしながら長い廊下?を進んでいくとやがて金と銀の龍に縁取られている大きな、とても大きな赤い扉が目の前に現れた。扉の前には筋肉モリモリの黒服の男が立っていて、「文さん・・・そいつは?」と聞いた。すると文さんは

「大丈夫よ〜ん♪俺のトモダチ❤」

とその男の肩を安心させるように軽く叩きながら答えた。そしてその扉に手をかけて軽く押し開けた途端に奥からトーンの高い声とやけに落ち着いた低い声とが同時に聞こえてきた。

「文〜!遅〜い!!!どこいってたんだよぉ〜」

「おかえりなさい❤泉。あんまり遅いから心配してたんですよ。」

それに対して文さんは悪ぃ悪ぃ、と言いながらその部屋に入っていった。途端に中にいた黒髪の男が文さんに近づいて抱きしめた。文さんはその男の肩に顎を乗せる形になって、う〜、とか離せよとか言いながら一応大人しく抱かれている。

「泉は可愛いから誰かに襲われてないかすっごく心配だったんですよ?」

文さんの頭を撫でながらさりげなく腰に手をまわし引き寄せる男を文さんは少したしなめてわかった、わ〜った、と言いながらその男の腕からすり抜けて奥へと入っていった。文さんがいなくなった事で扉の真ん中に立っていた僕に他の二人も気づくこととなる。

「あれ?誰そのコ?」

部屋の奥に座っていたほうがそう尋ねた。僕がその声がしたほうに視線を合わせると、そこにはお人形さんのような可愛らしい女の子が大きな椅子に腰掛けていた。小さい顔に大きな目。真っ赤な口元は自信ありげに微笑みをたえている。肌の色は文さんともまた違った白さで余り外に出ない人の様な白さだ。ほっぺにはほんのり赤みがさし、まるでチークをのせているかのようだ。その顔にサラリと柔らかな金髪が垂れて、耳の内側から伸びた髪は胸の下まで届いている。耳の上の髪はぴょん、と外向きに跳ねて羽が生えているみたいに見える。だぶだぶの半袖のパーカーの下にボーダーの長袖シャツにだぶだぶの薄茶色のズボンを着ていて、それがまた可愛らしさを誘う。テレビで見るアイドルにもその可愛らしさは負けてはいないだろう。ぼくはこれほどまでに可愛い人をこの瞬間まで実際に見たことがなかった。

「さっき俺が偶然門を通りかかったら、こいつところであのブタヤマに脅されてたんだよ。見たところ転校生みたいだから一応連れてきた。」

文さんがこれまた大きな椅子にボフッと沈み込んで言ったその言葉で僕は現実に舞い戻された。

「あらら・・それは大変でしたね。あのでかい男は沼山・・・通称ブタヤマって言う男でしてね。弱いものいじめが趣味なんですよ。あんまりかかわらない方がいいですよ?」

さっき文さんを抱きしめていた黒髪の男がにっこり微笑んで言った。僕は返事をしようとその男の方にふりかえった・・・が、またとまってしまった。さっきは文さんに気を取られていて気づかなかったが、この男もかなり人並み外れた容貌をしているではないか。高い背丈に長い足。サラサラの黒髪に切れ長で美しい瞳。ピンと通った鼻筋が顔全体に整った印象を与える。薄い唇の端は少し上がっていてどこかニヒルに見えるがけっしてイヤミではない雰囲気をまとっている。制服はキチンと一寸違わず身に纏い(他の二人は制服を着ていないのに)、上品な空気が感じられる。僕はこれほどまでにカッコいい人をこの瞬間まで実際に見たことがなかった。

「おや?どうかしましたか?」

僕はまたしてもどっか違う所に意識が飛んでいて慌てて「!なんでもないです」と答えた。この癖は治さなきゃ・・・とか思っているといきなり高い声が僕の名前を呼んだ。

「もしかして・・・坂下 冬馬・・・か?」

僕は驚いて「どうしてご存知なんですか?!」とあの女の子に尋ねた。すると、

「何を言ってるのかなぁ〜?君ィ?ここは天下の生徒会会長室だぞ〜。そして!僕は天下の生徒会会長ダ!!!」

「何ィ〜?!」・・と大声でつっこみたい気分になったがそこはなんとかそこは「エッ?」と言うだけでとどまった。

「僕の威厳をみればすぐわかるでしょ?普通。・・まあいい、紹介してやろう。僕が生徒会会長の夏越 鷹羅(なごし たから)だ。そこのお前を助けた奴が副生徒会会長の泉 文瀬(いずみ あやせ)。あのでかい奴がえ〜と・・書記と会計と・・・まぁその他全ての雑務の弓直 等弥(ゆみなお ひとみ)。で、ここが生徒会会長室。はい、以上!」

・・・つっこみどころ満載だ。アナタが会長?!文さん副会長?!雑務って一人で?!つーかあの娘男なの?!文さんも?!・・・僕に勇気があれば声を大にして叫んだであろうが、できないので「は、・・はぁ」と言うに終わった。だから誰も僕の疑問には(当たり前だが)答えてくれなかった。

部屋の話が出たので僕は部屋をぐるりと見回してみた。よく見ればこの部屋こそつっこみがいのありそうなものだった。とにかく何よりも広い。前の学校の生徒会会長室の10倍はあるだろう。そして周りを見渡してみればまず目に入ったのは大きくてきらびやかな天蓋つきベット。こんなものが何でここに?!と思っていたのも束の間、もっと変なものを見つけた。それは・・・売店だ。売っているオバチャンなどはさすがにいないが、量が半端じゃない。誰がこんなに食べるのだろう・・・。今度は横を見てみれば何とキッチンがあるではないか。料理器具がキラキラと眩しい。誰が料理するんだ?この三人ではないだろうな・・・。あとは格別変なものはないようだ。大きなテレビに冷房に三人用のソファ。文さんが座っている白いふかふかソファの正面に弓直さんが座っている灰色の固そうなソファ。きっとそれぞれの専用なのだろう。二つのソファの間に大理石のテーブル。そのテーブルの奥、扉の真正面に大きくて高価そうな教台みたいなのと鷹羅さんが座っている大きくてオレンジ色の足が三本あるソファがある。その教台みたいなものの上には金の三角プレートに<生徒会長  夏越 鷹羅>と彫ってあるものが置かれている。・・・・・・ん?まてよ・・?・・・・・・・。

「あーっ!!!」

ずっと押し黙っていた僕がいきなり大きな声を出したので、三人とも驚いてこちらを見た。

「どうしたんですか?」

代表して弓直さんが心配して僕に尋ねた。

「だ・・・!なっ!夏越!!!」

息も絶え絶えに言う僕に弓直さんは落ち着いて、と言って僕をソファに座らせてくれた。その間に当の本人、夏越会長は何かを思い出したようで小さくそういえば・・・とつぶやいて文さんのソファまで歩いていき、にっこり笑いながら「文〜〜???」と言った。

「僕、お前に10時に転校生を校門まで迎えにいけって言ったよなぁ・・・?でもさっき<偶然>って言わなかったか〜?」

「・・・あは、バレちゃった?」

「文ちゃあん・・・オシオキだな♥♥♥」

そう言うなり夏越会長は文さんを押し倒した。つまり、約束どおりに文さんが僕を迎えに言っていたら、僕はあんな怖い思いはしなかったわけで・・・。!!!それよりも!何なんだこの光景は!文さんに馬乗りになった夏越会長はあろうことか文さんのからだをまさぐってくすぐっている!文さんは笑いながらも抵抗を見せるが両手は自分の体の下で動けないらしくやめろよぉ〜、とか言って口だけで抵抗しているが余り(というか全然)効果はなく、それとは反対にやけに楽しそうな夏越会長は笑いを浮かべ「キス・・しちゃおうかな〜❤」なんて言っている。呆然と立ち尽くす僕に弓直さんは「いつものことですよ」と言いながら僕の肩に手を置き、

「さっきはどうしたんですか?」

と聞いてきた。僕はそれどころではなかったが、一応疑問をぶつけてみた。

「夏越って・・あの夏越ですか?」

「そうですよ。鷹羅はあの夏越財閥の御曹司です」

「だからこんなすごい扱いを受けているんですね・・・」

「そうですね・・・。ところで・・突然ですが貴方あの二人を女の子だとは勘違いしませんでしたか?」

核心を突く突然の質問に僕はくちごもった。やっぱり男だったんだ・・・。

「やっぱりそうでしたか・・・。二人とも可愛すぎますからね〜・・・。仕方ありませよ。」

そう言って二人を見る彼の目は妙に穏やかだった。しかし・・・

「でも・・・一応言っときますけどあの二人は僕のですからね・・・?」

とつぶやいた僕に向ける笑顔は・・・かなり怖かった。

「ゆみぃ〜!見てないで助けろよぉ〜」

涙目で真っ赤になりながらそう言う文さんの元へ弓直さんは素早く駆け寄って夏越会長を手で制した。

「あらら・・服まで脱がされちゃって・・・」

不満げな夏越会長をよそに弓直さんは文さんを夏越会長の体の下から助け出して体を起こさせ、半分脱がされたYシャツを着せてあげている。

「ゆみぃ〜!!!邪魔すんなよなぁ〜!!!」

さっきから夏越会長のしゃべり方はまるで子供のようだ。語尾を延ばす癖がまたかわいい。膨れっ面までもかわいいのだ。しかしその下で真っ赤になっている文さんもかわいい。ヤダぁ〜なんてそんな潤んだ瞳と赤い顔で呟かれては理性もぶっとび・・・いやいや。

「鷹羅・・・客人の前でそんなことするもんじゃありません!ほら、さっきから坂下さん止まっているじゃ有りませんか・・・大丈夫ですか?」

弓直さんに声をかけられ正気にもどったが、やっぱり僕にはこの雰囲気についていけそうもない・・・。文さんなんて何事もなかったように「なにあせってんだ?アイツ・・・」とかいいながらおとなしく弓直さんに服を着せてもらっているし、やはりこんなことはこのひとたちにとって日常茶飯事なんだろうけど・・・僕はもう耐えられない!そそくさとその場を立ち去ろうと「失礼しました」といいつつドアに手をかけると、夏越会長に呼び止められた。

「あんた自分のクラスも知らないでどこ行こうってんだよ?」

あ、それもそうだ・・・。僕は少し自分が情けなくなってきた。僕が落ち込んでる間に弓直さんが沢山の書類のなかから一枚の紙を取り出してなぜか文さんに向かって言った。

「泉、お前とおんなじクラスみたいだぞ?」

ギョエ〜!と叫びたくもなる。まさかまさかほんとに文さんと同じだなんて!

「マジ?!じゃ、2の2だな。俺のクラスは面白い奴ばっかだから安心していいぞ。」
優しく微笑む文さんはそう声をかけてくれた。も、もちろん嬉しいけど・・・後の二人の視線が怖い!!!なぜそんなに睨むんだ〜!

「あ、じゃ、2の2、ですね!わかりました、わかりましたからもういきますね!それでは・・・!」

怯えて足早に立ち去る僕にまたしても後ろから声が飛んでくる。

「つ〜かあんたさぁ・・・なんでこんな時期に編入してきたワケ?」

夏越会長は不思議そうに僕を見つめている。それはそうだろう、こんな時期・・・7月に転校生なんて僕だって聞いたことないし。でも僕にはどうしても前の学校を出たいわけがあったのだ。その訳とは・・・。

「もしかしてイジメ・・・とか?」

図星だった。昔から気の弱い僕はイジメの格好の的だったのだ。前の学校の私立林檎高等学校でもイジメの標的になってしまいつらい日々を送っていた。そんな時父の会社が株で成功したので父に頼み込んでここ、蜜柑高校に転入してきたのだった。しかしそんなことは堂々と言えるようなことではない。僕が押し黙っていると夏越会長はその沈黙を肯定と受け取ったようでそっか・・・と呟いた。そして鋭い目で僕を見てこう言った。

「あんたはその時戦ったのか?」

僕は意味がよくわからなくて何も答えることができなかった。すると夏越会長は続けて言った。

「僕は自分を守るために戦わない奴は嫌いだ。人任せにしてばっかりで自分は逃げ腰。そんな奴この学校にはいらない!」

夏越会長のその言葉は僕の人生全てを否定しているように聞こえて僕は大きな衝撃を受けた。夏越会長の目を真っ直ぐに見れなくて僕は思わずドアに向かって駆け出した。

「待て!」

文さんの声がわずかに聞こえた、けどそれにはかまわず僕は走り続けた。弓直さんが文さんの名を呼ぶのが聞こえて僕は少しだけ振り返った、と同時にとても驚いた。僕より大分後に部屋を出たはずの文さんがもう僕のすぐ後ろまで迫っていたのだ。速い、僕でさえ判る。そのスピードはあの文さんのものだとは思えなかった、なんて考えていると突如真後ろで大きな声がした。

「おい!」

思わず振り返るとそこにはドアップのきれいでかわいい文さんの顔。ぼくはついつい見とれて立ち止まった。僕は忘れていたのだ、この世に「車は急には止まれない」という標語?があることを。この場合文さんが車だ。案の定文さんは突然立ち止まった僕に思いっきり衝突したのだ。目が回るし、視界が定まらなくてやっと目にしたものは倒れている文さんとその文さんを抱えて下敷きになっている弓直さん???

「何でお前がここに居るんだ・・・?」

文さんも不思議そうだ、が僕はもっと不思議だ。彼に言わせればそれも愛の力だとか何とか言っているが。さりげなく頬擦りまでしている弓直さんの目は何故かずっと僕を見ている・・・怖い。

「ゆみぃ〜は・な・せ!苦しい〜。大体なんでお前が出てくんだよ!俺はどんぐりころころと二人で話しをしようと思ったのに・・・」

「どんぐり?あぁ・・・なるほど。ぴったりのあだ名じゃないですか。ね?」

ね?といわれてもな・・・っていうか目が怖いです弓直さん・・・!
「だろ〜ぉ?・・・じゃなくて!いい加減はなせよぉ・・・。だいだい俺の質問に答えろ!」

「どうやらかわいいかわいいうさぎさんを狙っているオオカミさんがいるみたいだからね・・・」

僕はついギクリとした。チラ、と弓直さんが僕を見たからだ。僕が文さんの事が気になっていることがばれている。やっぱり・・・怖い!!!

「ワケ判んない事言うなよな!とにかく・・・あんま鷹羅の言うことは気にするな。あいつ自身立場的につらい立場だからついあーゆーこと言っちゃうんだ。でもな、嫌いになんてならないでやってくれよ、言い方がきついから誤解されやすいんだけど本とはいい奴なんだ」

文さんが一生懸命説明しているその姿を見ればそれが本当なんだということはわかる。がしかし実際にいつも戦わず逃げてばかりいた僕はまだ大きなショックを隠しきれずにいた。それを敏感に感じ取ったらしい文さんは何とか僕を励まそうとしてくれている。

「ほら、元気出せよ!鷹羅だって本気でいらないなんていったわけじゃないんだ。」

「そうですよ、あんまり気になさらずにしてください。あれはちょっと口が悪いんですよ。きっとね、本当はどんぐりさんにもっと自信を持って欲しかったんです。鷹羅はどんなつらいことがおきても絶対にその事柄から逃げ出しません。きっと必ず自分は大丈夫だという自信があるんでしょうね。だからどんぐりさんももっと自分に自信をもってくださいね」

弓直さんは諭すように僕に言った。夏越会長は僕が想像もつかないつらい体験をしているんだろう。夏越財閥の御曹司となれば敵はきっとかなり多いだろうに、夏越会長は逃げずに戦っているのだ。それなのに僕は・・・。

「お前さ・・・もしかして自分自身に自信を持てるものが無いんだろ?・・・よしわかった!俺が特訓してやるよ!」

「えっ?!」

「特訓して少しでも強くなれば自信つくだろ?」

突然の文さんの提案に僕は返す言葉も無くただ驚くばっかりだった。
「大丈夫ですよ、泉はねこう見えてもかなり力自慢なんですよ。ケンカも強いしスポーツだって万能です。」

弓直さんが「ね?」といまだに文さんを抱きしめながら文さんの耳に口を近づけながらそう言うと文さんは顔を赤くして弓直さんを制しながら「言いすぎだよ」と言っている。うぅ・・・つらい。これは弓直さんの牽制なのだろうか。「特訓は許可するけど泉に手を出したら許さないよ?」という弓直さんの心の声が聞こえてきそうだ・・・。

「じゃ、明日の朝から始めるからな。校庭に7時、待ってるぞ。あ、お前今から2階の職員室行って担任に会ってから教室行けよ」

そういいつつ二人は仕事があるから、と生徒会室に帰ってしまった。残された僕は言われた通り職員室に向かうことにした。

 

<2へ続く>

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送